[雑記]島津家久・豊久展に行ってきたでごわす。

一昨日の話だが島津家久・豊久展に行ってきた。家久・豊久がきて430年になるということで催されたいうことだ。おそらくこれを逃したら(只でさえ)地元で戦国展など行われることはないだろうと思うので行ってきましたよ。因みに我が日向の国というのは一応伊東義祐という武将が納めていたのだが小生あまり詳しくないのであまりはっきりとは言えないのだがこの伊東さんは京かぶれで財産を湯水のように使い島津の戦に負けて日向の国を追われ豊後の大友宗麟にたよったが宗麟も耳川の戦いに負けたため頼りてを失い最期はホームレスになってしまったというトホホな武将であった。なのであまりいいイメージがないんですよね。
まぁそれはともかく展示場には家久・豊久の生涯をパネルを紹介してあり秀吉が家久に送った書状などがありなかなか見応えのある展示であった。中でも、耳川の戦い関ヶ原の戦いの屏風(写し)がすごかった。関ヶ原の屏風で藤堂高虎を探したが見つからなかったのが残念だったけど。井伊直政石田三成はすぐ分かったのだが…。
あと、秀長の書状で高虎を派遣すると書いてあったので高虎もこの地を踏んだのたことおもうと少し興奮しましたよ。
あ…高虎のはなしばっかでした。家久の話を。
家久が京に上洛した時のことを日記にまとめた「島津家上京日記」展示されていたのだがその中には信長の行群に出会うや光秀に、接待を受けるなど興味深い話もあったのた。中でも一番興味深かったのは関所で無理難題をふっかける関守や雑言を吐いた舟子を家久のお供がぶん殴ったとこが笑いましたね。ちぇすとーって言ってなぐったんでしょうか。